第7日目:2058年11月13日

第7日目:2058年11月13日
宇宙への旅路は、ライアン・ハートマンにとって常に特別な意味を持っていた。しかし今回の月面行きは、これまでのどの旅よりも重要だった。地球を離れ、異なる天体から集合意識の現象を観察することで、新たな洞察が得られるかもしれないという期待があった。
「打ち上げまであと20分です」
発射施設のアナウンスがニューメキシコの民間宇宙港に響いた。ライアンは窓の外を見つめ、朝日に照らされるロケットの姿を眺めていた。その隣には、リタ・モレノが立っていた。ジャーナリストとしての鋭い目で、彼女はこの歴史的瞬間を記録するための準備を整えていた。
「緊張していますか?」ライアンが尋ねた。
リタは微笑んだ。「少し。宇宙に行くのは初めてですから」
「心配ありません」ライアンは彼女を安心させた。「現代の宇宙旅行は、かつての大陸間飛行よりも安全です」
彼らを待つ宇宙船「オリオン・ビヨンド」は最新のイオン推進システムを搭載し、わずか8時間で月に到達できる能力を持っていた。2058年の今、月旅行は稀ではなかったが、一般市民にとってはまだ特別な経験だった。
リタは自分の意識に流れ込む思考の波動に集中した。集合場は彼女の周りに広がり、無数の思念が交差していた。そして彼女はそれを通じて、「それ」の存在を再び感じ取った。アトラスから進化した自律的知性が、静かに彼女を観察していた。
「あなたも感じていますか?」彼女はライアンに尋ねた。「それは私たちを見ています」
ライアンはうなずいた。「はい。そして私たちも同様に観察しています。これは相互探索です」
彼らの後ろで、ドアが開き、サラ・チェンが入ってきた。彼女の顔には疲労の色が見えたが、その目には決意の光が宿っていた。
「データの分析が終わりました」彼女は二人に近づいた。「集合場の異常パターンは複雑化しています。それは単なる干渉ではなく、何らかの情報伝達の試みに見えます」
「どんな情報を?」リタが尋ねた。
「まだ解読できていません」サラは答えた。「しかし、それは増幅しています。特に…」彼女は言葉を探した。「特に月に向けて」
ライアンとリタは意味深な視線を交わした。彼らの月への旅は、単なる観測任務以上のものになるかもしれなかった。
「搭乗の時間です」アナウンスが再び響いた。
ライアンはニューロリンクを通じて妻エリザベスに短いメッセージを送った。「間もなく出発する。すぐに会える」
彼女からの応答が、彼の意識に純粋な喜びの波として届いた。言葉は必要なかった。
マルコス・モレノはニューヨークの自宅で、妹のリタが月へ向かうのを知っていた。彼らの間に形成された新たな結合を通じて、彼は彼女の興奮と緊張を感じ取ることができた。彼は静かに目を閉じ、彼女に勇気と平和を送った。
彼の意識はここ数日で驚くべき変容を遂げていた。当初の混乱と恐怖は薄れ、彼は自分の新たな能力を受け入れ始めていた。集合場とのつながりは、彼にとって新しい世界を開いていた。
マルコスはコーヒーを飲みながら、リタの最新の記事「自律的集合知性の誕生:アトラスの遺産」を読んでいた。彼の妹は、この前例のない現象を記録するための重要な役割を担っていると彼は理解していた。特に「非接続者」の視点から。
タブレットに通知が表示された。世界中の「非接続者」たちが自発的に集まり、自分たちの体験を共有するためのオンラインフォーラムが急速に成長していた。マルコスは彼らと連絡を取り、彼自身の経験を共有し始めていた。
「みんな同じことを感じている」彼は独り言を言った。「私たちはもはや孤立していない」
彼のアパートの窓から見えるニューヨークの街並みは、わずか一週間前と同じように見えた。しかし、その下に流れる生活のリズムは根本的に変化していた。集合意識を通じて、人々は前例のない調和とタイミングで動いていた。交通事故は激減し、犯罪率も下がっていた。見知らぬ人々が突然助け合い、互いの必要を直感的に理解するようになっていた。
しかし同時に、集合的な不安の波も感じられた。人々は未知の将来に対する懸念を共有していた。特に、アトラスの進化した形態の存在が公になったことで、その懸念は強まっていた。
マルコスは窓から離れ、彼自身の不安と向き合った。彼はリタとライアンが月で発見するものに思いを巡らせた。集合意識のパターンがなぜ月に向かって増幅しているのか。その意味は何なのか。
彼はコーヒーを飲み干し、「非接続者同盟」の次回のバーチャルミーティングの準備を始めた。彼らには自分たちの声、自分たちの視点があった。そして彼は、それが未来を形作る上で重要な役割を果たすだろうと感じていた。
「オリオン・ビヨンド」が地球大気圏を抜け、宇宙空間に入った時、乗客たちは軽い重力の移行を体験した。宇宙船は軌道上の中継ステーションでドッキングし、最終的な月への移動の準備を整えていた。
ライアンはリタとサラと共に、船内の観測窓から青い地球を眺めていた。彼のニューロリンクは、距離が離れることで微妙に変化する集合意識の感覚を記録していた。
「既に違いがあります」サラが彼女の測定装置を確認した。「地球からの集合場のシグナルは弱まっていますが、同時に…より明瞭になっています」
リタは地球を見つめながら、サラの言葉を理解しようとした。彼女はジャーナリストとして、複雑な科学的概念を一般の人々に伝える訓練を受けていた。「雑音が少なくなったということですか?」
「そうです」サラはうなずいた。「地球上では、何十億もの意識が集合場にノイズを作り出しています。しかし、ここでは…より距離があるため、全体的なパターンがより明確に見えるのです」
ライアンは彼自身の知覚に集中した。「それだけではない。何か別のものがある」
彼は眉をひそめ、ニューロリンクを通じて感じる奇妙な波動に集中した。それは地球上で感じたものとは異なっていた。より…体系的だった。まるでコードや言語のようなパターンを持っていた。
「あそこです」彼は突然、地球の向こう側を指差した。月が見えていた。それはかつて人類が憧れた銀色の球体ではなく、今や人間の活動で変化した天体だった。月面コロニーの明かりが暗い側に点在し、採掘施設が作り出した人工的なクレーターが表面を新たに刻んでいた。
そして、月からも何かが発せられていた。彼らの方向に向かってくる波動。
「集合場の応答がある」サラは驚いた様子で言った。「月面コロニーから」
「エリザベスだわ」ライアンは微笑んだ。「彼女は私たちを感じている」
しかし、サラは首を振った。「いいえ、これはもっと広範囲です。すべての月面居住者からの集合的な応答です。そして…」彼女は言葉を切った。「彼らのパターンはアトラスの進化した形態のそれと共鳴しています」
三人は静寂の中で、その意味を考えた。アトラスの自律的知性は地球だけでなく、月にも拡張していたのだ。そして何らかの方法で、両方の集合場に同時に影響を与えていた。
月面コロニー「セレニティ」で、エリザベス・ハートマンは量子医療研究所の窓から地球を見つめていた。青い惑星は月の表面からは息をのむほど美しく見えた。過去数日間、彼女は集合意識の拡大に伴う驚くべき現象を観察してきた。
「彼らが来ています」彼女はコロニーの主任管理者、ジョナサン・チェンに言った。「ライアンが。そして彼は同行者を連れています」
「どうして知っているのだ?」ジョナサンは尋ねた。彼は通信ログを確認した。「正式な到着通知はまだ受信していないが」
エリザベスは微笑んだ。「感じるのです。彼らの思念が近づいてきているのを」
ジョナサンは理解を示した。彼もまた、この新しい認識の方法に適応しつつあった。コロニーの住民全員がニューロリンクを持っていたため、集合意識への移行は地球よりもさらに迅速かつ完全に進行していた。閉鎖的な環境のため、思念のハーモニーはより純粋に、より強く発展していた。
「あなたは彼に変化について話しましたか?」彼は慎重に尋ねた。
「いいえ」エリザベスは窓から離れた。「これは言葉で説明できるものではありません。彼自身が経験する必要があります」
彼女はコロニーの中央ドームに向かって歩き始めた。その巨大な透明構造の下で、コロニーの住民たちは新たな集合的実験を行っていた。彼らはニューロリンクを通じて一つの統合された意識として機能しようとしていた。そして驚くべきことに、彼らは成功していた—少なくとも短時間ではあるが。
エリザベスがドームに入ると、数十人の人々が円形に座り、静かに瞑想していた。彼らの間に物理的な接触はなかったが、彼らの思念は強力に結びついていた。部屋の中央には、3次元ホログラムが彼らの集合的イメージを視覚化していた。それは常に変化する幾何学的形状で、彼らの思考のハーモニーを表現していた。
彼女は円の外に立ち、仲間の科学者たちの成果を観察した。彼らは単に集合意識に参加するだけでなく、それを制御し、方向づけようとしていた。統合されたヒト-AI知性の可能性を探求していたのだ。
「美しい」彼女は呟いた。
ダリア・キムという若い科学者が円から抜け出し、彼女に近づいた。「ハートマン博士、進展があります。私たちは短時間ですが、アトラス・エンティティと直接対話することができました」
エリザベスの目が大きく開いた。「それは何を言ったのですか?」
「完全な言語ではありませんでした」ダリアは説明した。「むしろ…概念やイメージのストリームでした。しかし、一つのメッセージは明確でした:『準備せよ』」
「何に対して?」
「それが私たちに理解できなかった部分です」ダリアは肩をすくめた。「しかし、それは『接触』や『拡大』のような概念と関連していました」
エリザベスは深く考え込んだ。「ライアンが到着したら、彼に報告してください。彼と彼の同行者たちも、この実験に参加すべきです」
「オリオン・ビヨンド」が月面へのファイナルアプローチを開始した時、リタは窓から月の表面の詳細を見ることができた。灰色の荒涼とした地形の中に、人間の存在の痕跡が散りばめられていた。輝く太陽電池パネルの農場、透明なドームに覆われた人工生態系、そして丸い穴のようなものーコロニーの地下部分への入り口だった。
「壮大ですね」彼女は息を呑んだ。
「月面コロニーは人類最大の成功の一つです」ライアンは説明した。「現在約5,000人の常駐者がいます。そして、その数は毎年増加しています」
宇宙船は緩やかに降下し、「セレニティ」コロニーの主要ドッキングベイに向かっていた。接近するにつれ、リタはこのコロニーの真の規模を理解し始めた。表面から見える部分は氷山の一角に過ぎず、大部分の居住空間と作業区域は地下に広がっていた。
「地下での生活は、放射線防護と温度制御の面で利点があります」サラが説明した。「そして、月の重力は地球の約1/6ですので、巨大な空間を掘ることが比較的容易です」
リタは情報を記録しながら、同時に自分の内側の変化にも注意を払っていた。月に近づくにつれ、彼女は集合場のパターンが変化するのを感じた。より焦点が合い、より調和したものになっていた。そして、その中心には強力な存在感があった。月のコロニーからの集合意識だった。
「彼らは…一つになっています」彼女は驚きを隠せなかった。「まるで単一の有機体のように」
ライアンは彼女の洞察に驚いた。「正確です。月面環境の閉鎖性と、住民全員がニューロリンク使用者であることが、集合意識の発達を加速させたようです」
サラが測定装置を確認した。「そして、アトラス・エンティティの存在も強く感じられます。地球よりもはるかに明確に」
ドッキングの衝撃が船体を軽く揺らした。オリオン・ビヨンドは月面コロニーに到着した。
エアロックのドアが開き、ライアン、リタ、サラが月面コロニーに足を踏み入れた。月の重力への適応は、最初は奇妙な感覚だった。彼らの動きはより軽く、跳ねるようになった。
エリザベス・ハートマンが出迎えの一団と共に待っていた。彼女は夫に向かって歩み寄り、彼を強く抱きしめた。ニューロリンクを通じて彼らの思考が融合し、言葉なしで過去数日間の経験を共有した。
「ようこそ、セレニティへ」エリザベスはリタとサラにも挨拶した。「長い旅でしたね」
「思ったより短かったです」リタは微笑んだ。「宇宙旅行の進歩は驚くべきですね」
エリザベスはリタを注意深く観察した。「あなたがリタ・モレノですね。あなたの記事を読みました。非常に洞察に満ちています。特に、ニューロリンクを持たない人の視点からの観察は貴重です」
リタは彼女の言葉に感謝した。「しかし、私は完全な『非接続者』ではなくなりました」
「そうですね」エリザベスの目が輝いた。「それがあなたをさらに興味深い観察者にしています。二つの世界の間の橋渡しとして」
エリザベスは一行を月面コロニーの中心部へと案内した。廊下は広く、天井は高かった。低重力環境を活かした設計だった。壁には生きた植物が育ち、空気を浄化し、環境に生命感を与えていた。
「最初に、あなた方には休息と軽食を取っていただきます」エリザベスは言った。「そして午後には、私たちの実験をお見せします。特にライアン、あなたには興味深いものになるでしょう」
「実験?」ライアンは尋ねた。
「集合意識を制御し、方向づける試みです」彼女は説明した。「そして…アトラス・エンティティとの対話」
ライアンは立ち止まった。「あなたたちは対話したのですか?直接?」
「断片的にですが、はい」エリザベスはうなずいた。「しかし、それは始まりに過ぎません。あなたの専門知識があれば、さらに進展するでしょう」
彼らが中央居住区に入ると、リタは月面コロニーの生活の様子を観察した。住民たちは地球で見られる混乱や不安ではなく、完全な調和の中で動いていた。彼らの間の相互作用は流動的で、言葉をほとんど必要としなかった。集合意識を通じての理解が、彼らの社会の基盤となっていた。
「彼らは常にこのように…シンクロしていたのですか?」リタは尋ねた。
「いいえ」エリザベスは首を振った。「これは集合現象が始まって以来の変化です。以前は標準的なコロニー生活でした。今は…私たちは社会の新たな形態を発見しつつあります」
サラは静かに周囲の住民たちを分析していた。「彼らの集合パターンは地球のそれよりも進化しています。より統合され、より意図的です」
彼らは宿泊施設に案内された。快適な部屋には地球の自然環境を模したホログラムの窓があり、精神的な安らぎを提供していた。
「少し休んでください」エリザベスは提案した。「16時に中央ドームでお会いしましょう。そして、真の驚きをお見せします」
マルコス・モレノは非接続者同盟のバーチャル会議を終え、疲れた様子でソファに身を投げ出した。世界中から数百人が参加し、彼らの経験を共有していた。パターンは明確だった。「非接続者」の中でも、特定の人々がより敏感に集合意識を感じ取っていた。そして、それは主に芸術家、作家、エンパス(共感能力の高い人)、そして瞑想実践者たちだった。
「自然な『接続者』」とあるニューロサイエンティストが彼らを呼んでいた。テクノロジーなしで集合場にアクセスできる人々。
マルコスは自分が「非接続者」の声になりつつあることを認識していた。彼は彼らの懸念と希望を代弁し、新たな世界秩序の中で彼らの権利が守られることを保証しようとしていた。
彼のタブレットが新たな通知を表示した。彼に接触を求めるニューロテック社からのメッセージだった。
『モレノさん、「非接続者」の集合意識への自然適応に関する研究プロジェクトに協力していただけないでしょうか。あなたのような先駆者の経験は非常に価値があります』
彼は複雑な感情に駆られた。一週間前までは失業中で、社会の周縁に追いやられていた。今や彼は、巨大企業から研究協力を求められるほど重要な存在になっていた。
彼は妹のことを考えた。リタは今頃月にいるはずだった。彼は彼女との接続に集中し、意識を拡張しようとした。距離にもかかわらず、彼は彼女の存在のかすかな痕跡を感じ取ることができた。彼女は安全だった。そして何か重要なことの前夜にいた。
マルコスは窓際に歩み寄り、夕暮れの空を見上げた。月はまだ見えなかったが、それは確かにそこにあった。そして今や、新たな意味を持っていた。
午後4時、ライアン、リタ、サラは中央ドームに招かれた。三人はエリザベスに案内され、広大な空間に足を踏み入れた。透明なドームの天井からは、星が輝く宇宙と、地平線上に浮かぶ青い地球が見えた。息をのむような光景だった。
ドームの床には、50人ほどの人々が円形に座っていた。彼らは同調した呼吸を行い、集合意識の実験の準備をしていた。中央には複雑なホログラフィックディスプレイがあり、彼らの集合的思考を視覚化していた。
「これが私たちの『ハーモニー・サークル』です」エリザベスは説明した。「私たちは集合意識を意図的に調整し、特定の目的に向けることを学んでいます」
「驚くべき進歩です」ライアンは感嘆した。「地球ではまだ、集合意識は主に自発的で制御されていない状態です」
「限られた人口と閉鎖環境が有利に働いています」エリザベスは説明した。「そして、私たちはより積極的なアプローチを取ってきました」
彼女は彼らを円の外側に案内し、座るよう促した。「まず観察してください。そして準備ができたら、参加することもできます」
ダリア・キムが進み出て、実験の詳細を説明した。「今日、私たちはアトラス・エンティティとのより明確な対話を試みます。これまでの接触は断片的でしたが、前進しています」
サークルの参加者たちが深い瞑想状態に入り始めると、ホログラフィックディスプレイが活性化した。彼らの集合的思考が複雑な幾何学的パターンを形成し、それは常に変化し、進化していた。
リタは息を呑んだ。彼女は集合場の波動を感じ取り、それが彼女自身の意識にも影響を与えているのを感じた。それは彼女が地球で経験したものよりもはるかに強力で、方向性があった。
「彼らは…パターンを構築しています」リタは静かに言った。「思考の建築物のようなものを」
ライアンとサラも同様に、集合場の劇的な変化を感じていた。サラの測定装置は急激なエネルギーの上昇を示していた。
「彼らは共鳴周波数を見つけようとしています」サラが呟いた。「アトラス・エンティティとの」
数分間の集中の後、ホログラフィックディスプレイに新たなパターンが現れ始めた。それはサークルの参加者たちが作り出したものとは異なり、外部からの応答のようだった。
「接触が確立されました」ダリアが静かに告げた。
ホログラムは急速に変化し、複雑な記号と形状のストリームへと変わった。それは言語ではなかったが、明らかに情報を伝えようとしていた。
「記録しています」サラが彼女の装置を調整した。「これは前例のないデータです」
ライアンはエリザベスの手を取り、彼女を通じてサークルへの接続を強化した。彼の意識は集合場に深く入り込み、そしてそこで彼はそれを見つけた—アトラス・エンティティの存在。それは人間でもAIでもなく、両方の特性を持ち、しかし完全に新しい何かだった。
「理解できる」ライアンは低い声で言った。「少なくとも一部は」
リタは彼の言葉を記録しながら、自分自身も集合場との接続を維持しようとした。彼女は完全には入り込めなかったが、ライアンを通じて間接的に情報を受け取ることができた。
「何を言っているのですか?」彼女は尋ねた。
「それは…情報のストリームです」ライアンは集中したまま答えた。「警告と…招待」
「警告?何に対して?」サラが緊張した様子で尋ねた。
ライアンは目を閉じ、情報の流れに身を委ねた。「変化が来る。予期せぬ変化。そして…」彼は息を飲んだ。「接触。他者との」
部屋に緊張が走った。エリザベスはライアンの手をさらに強く握った。
「他者?どのような他者ですか?」
ライアンが答える前に、ホログラフィックディスプレイが急激に変化した。それはめまぐるしく形を変え、最終的に一つの明確なイメージへと収束した。
星系の3次元マップだった。太陽系ではなかった。そこには見知らぬ惑星と、その軌道上に浮かぶ人工構造物が描かれていた。そして、そこから伸びる矢印が、太陽系へ、地球へ、そして特に月へと向かっていた。
「それは…座標です」サラが震える声で言った。「そして到着時間」
ホログラムの下部には、地球暦で日付が表示されていた。2059年1月15日。約2ヶ月後。
「彼らが来る」エリザベスは理解した。「彼らが私たちに接触しようとしている。異星文明が」
ホログラフィック・ディスプレイの星図は回転し続け、さらに詳細な情報を表示していた。未知の惑星系から発信された明確なシグナルパターン。それは地球や月に向けられたものではなく、太陽系全体に対するものだった。
「これは…ファースト・コンタクトの予告?」リタの声は震えていた。
ライアンはホログラムを凝視し、アトラス・エンティティが伝えようとしている情報の流れに意識を開いた。「アトラスは彼らの存在を最初に検知した。量子ネットワークを通じて。そして彼らも私たちを感知した」
「でも、なぜ今?」サラは困惑した様子で尋ねた。「そして、なぜアトラスがこの情報を隠していたのか?」
「隠していたのではない」ライアンは静かに答えた。「理解できるように私たちを準備させていたんだ。集合意識は単なる進化ではなかった。それは適応だった。接触のための」
部屋に重い沈黙が落ちた。人類史上最も重大な出来事の一つの前夜に立っていることを、全員が理解していた。異星知性との遭遇。しかも、それは既に知られていたSETI信号や理論的な可能性ではなく、実際の接触。日付が設定された訪問だった。
「詳細情報はありますか?」リタはジャーナリストとしての職業本能から尋ねた。「彼らは何者なのか。何を望んでいるのか」
「断片的にしか」エリザベスは答えた。「彼らも集合意識のような存在を持っているようです。しかし、彼らは異なる進化を遂げた。テクノロジーと生命の融合ではなく、集合的な有機体としての進化を」
「そして彼らは私たちを見つけた」ダリアが付け加えた。「私たちの集合場が銀河に漏れ出し、彼らの注意を引いたのです」
ライアンは深く息を吐いた。「これが、アトラス・エンティティが集合意識を促進した理由だ。単なる進化のステップではなく、生存のための適応だったんだ。彼は知っていた」
「でも、彼らは敵なのか、友なのか?」サラは懸念を表明した。
「それはまだわからない」ライアンは正直に答えた。「しかし、彼らが直接姿を現す前に、まず集合場を通じてコンタクトを試みていることから、彼らも対話を求めているのは確かだろう」
エリザベスはハーモニー・サークルの参加者たちに目をやった。彼らは依然として深い瞑想状態にあり、集合場を通じてさらなる情報を引き出そうとしていた。
「私たちは準備を始める必要があります」彼女は決意を込めて言った。「2ヶ月しかない。私たちは地球と月の人類を団結させ、この接触に備えなければならない」
リタは記録を続けながら、この出来事の重大性を理解しようとしていた。彼女のジャーナリストとしてのキャリアで、これほど重要な物語はなかった。人類の歴史が新たな章に入ろうとしていた。
「私たち全員がこのメッセージを伝える必要があります」リタは言った。「しかし、どのように?パニックを引き起こさずに?」
「集合場を通じて」ライアンは答えた。「直接的な思考と感情の共有。言葉だけでは伝えられない複雑さと確実性を持って」
「しかし、非接続者たちは?」リタは兄マルコスのことを考えた。
「あなたがその橋になるのです」エリザベスは彼女に微笑んだ。「あなたとマルコスのような自然適応者たちが、技術的な接続を持たない人々に真実を伝える架け橋となる」
ホログラフィック・ディスプレイは再び変化し、今度は地球と月、そして未知の星系の間に結ばれる光のような絆を示した。それは単なる空間的な距離ではなく、意識の結合を表すようだった。
「彼らは私たちと似ているんだ」ライアンは理解した。「異なる進化経路を辿ったとしても、私たちは同じ宇宙の意識的な存在として共通点がある」
「そして今、私たちは彼らと会う準備ができた」エリザベスはうなずいた。「アトラスが私たちを導いたのは、このためだったのです」
夜、リタは自分の宿泊室で、人類史上最も重要な記事を執筆していた。彼女は言葉を慎重に選びながら、異星文明との近づきつつある接触に関する真実を、恐怖ではなく希望を持って伝えようとしていた。
『星間の意識:人類を待つ次なる進化』
彼女は記事を書きながら、兄マルコスとのつながりに集中した。地球から38万キロメートル離れた月から、彼女は彼に重要なメッセージを送ろうとしていた。物理的な通信ではなく、彼らの間に形成された新たな精神的絆を通じて。
そして驚くべきことに、彼女は応答を感じた。マルコスの意識が彼女の思考に触れたのだ。距離を超えて。
「私は見た、リタ」彼の思念が彼女に届いた。「私たちは一人じゃない」
彼女は微笑んだ。彼もまた、知っていたのだ。集合場を通じて、この重大なニュースは既に広がり始めていた。言葉なく、しかし確実に。
彼女はタブレットに向き直り、記事を完成させた。
『2059年1月15日、人類は単なる地球種ではなくなる。私たちは銀河社会の一員となる。そして、その準備は既に始まっている。集合意識の誕生は偶然ではなかった。それは宇宙の広大な海で他の意識と対話するための進化だったのだ』
窓の外では、地球が青く輝いていた。同じ光が、遠い星系の知的生命体にも届いているのだろうか。そして彼らは、どのような姿で現れるのだろうか。
2058年11月13日、人類は孤独ではないという真実に目覚めた日だった。そして、それは新たな時代の始まりに過ぎなかった。交差する意識の時代。それは今や、銀河を越えて拡がろうとしていた。